ラベル・レッテル張りの人生

自分の発した言葉を観察していただきたいと思うのですが、「○○も」「××しか」などということがあります。

例えば「8時間も勉強した」というときの「も」は発言した人は8時間を過大評価していますよね。また、「4時間しか勉強しなかった」と言うとき、4時間を過小評価しています。その他、景色や建物を見たときに「すごい」「綺麗」と言い、何かを食べたときに「おいしい」と言いますよね。

これって、あるもの=少ない、多い、きれい、すごい、おいしいと評価しているのではないでしょうか。物事はただあるだけなのですが、そのような言葉を発することによってあるものを理解した気になっているのではないでしょうか。

私は、なるべく物や人にラベル・レッテル張りをせずに接するようにしています。

言葉で説明しづらいのですが、例えば対人の場合はこの人は「綺麗、かわいい」といった評価をしないということです。無心になって対象の人や物を見ているといった感じです。

ラベル・レッテル張りをするとその通りなるような気がしています。「あの人はかわいい」と思うと本当にその人がかわいくなってきます。ネガティブな評価も一緒です。言葉には力があるようです。

自分が思っている通り、つまりフィルターを通して現実世界を見ているということではないでしょうか。

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