素寒貧が金を作り、財産を積み、そしてまた元の無一物に還った話
年収のすべてを老妻に託して任せている。
芋粥とホルモン漬けの簡易生活は夫婦を健康にし、老妻の手元には貯金ができている
貯金の問題は方法の如何ではなく、実行の如何である
貯金のやり方は、通常収入は四分の一を貯金すること。貯金利子は通常収入とみなしてさらにその四分の一を貯金する
毎日胡麻塩ばかりで済ましたこともある。家族が気の毒だとかかわいそうだなどということはつまらぬ感情の問題
家計は一切妻に託した。
今の苦しさは苦しいのを逃れるための苦しさ
生活の出発を一段下げたところから始めると考えればよい
ほんの一回、最初の出発において何人もまず四分の一生活切り下げを断行してください。ただそれだけで済む
貯金がある程度の額に達したら、ほかの有利な事業に投資する。幹線鉄道と安い土地や山林
2,3年すると月給と利子との共稼ぎになる
誰でも一度は必ず貧乏を体験すべき。貧乏したことのある人間でなければ、本当の人生の値打ちはわからないし、堅実に、生活の向上を目指いしていく努力と幸福は生じてこない。
貯金生活の一番のさわりになるのは虚栄心。家柄を誇ったり、今までのしきたり習慣にとらわれることなく一切の見栄をさえなくすればだれでも四分の一天引き生活くらいできる
貯金による資金で日本鉄道株(上野青森間ー私鉄時代)を買った。十二円五十銭払込のもの三十株だった。三百株に増えた時、払込の二倍半で政府買い上げになった。年々1割の配当を受けつつ貯金額が三万七千五百円となった。
国家の敗戦とそれに伴うインフレといった大変事さえなければ、貯金の力は絶対偉大である
秩父の山奥の山林買収に着手した。
木材の思わぬ大値上がりで買いの七十倍で売った。
学問と教育の職業を道楽化していよいよ面白く、人一倍働いた。
妻は著者が助教授任官以来家計簿をつけていた。何十冊物の大きな和綴の帳面には何円何十銭の収支が巨細にわたってキチンと記入されていた。月給がいくら、支出がいくら、旅費の残額がいくら、貯金が何ほどと、どこをあけても、どの年の決算を見ても、一目瞭然しかも貯金総額がいくらいくらといえば、その時の日附の貯金残高を合計すると、いちいちピタリと符合する。堂々たる男勝りの達筆でしたためられている。
貯金を作る生活はまず家計簿をつける生活から始まる
貯金とアルバイトで雪だるまの芯を作る
何人も金をためてどうするのか、財産をこしらえて、果たしてなんにしようというのか取り上げてみるべき問題である。いかにして財産を処分するかの問題
幸福はただ教育とか財産さえ与えていれば達成できるものではない。大切なのは、一生たえざる、精進向上の気魄、努力奮闘の精神である。
定年退職を機に最低限度の財産を残し寄付することにした。世間の誤解、名誉的褒賞を辞退するために匿名または他人名を用いた。「子孫のために美田を買わず」
人生の幸福は現在の生活自体より、むしろその生活の動きの方向が上向きつつあるか、下向きつつあるかによって決定される。月一万の生活をする人が二万円の生活にこぎつけても幸福は2倍にならない。
天丼を二杯も三杯も目の前に運ばせてその一杯を平らげるのはせっかくのものもウマク食えない。一杯の天丼を一杯だけ注文して舌鼓を打つところに、本当の味わいがある
経済生活独立には積極的に働いて消極的に節約耐乏するより他に途はない。
親戚知人に対する金銭上の融通はできるだけ避けたほうがよろしい
万一のぴっきならぬ申し込みを受けた場合でも、その事情により、頼まれた金額の幾分に熨斗をつけて進呈してしまうに越したことはない
いつの世もその身を落とし、生活を切りつめ、苦労をいとわず働くことを覚悟すれば、他人に不義理もせず、泣きごとも持ち込まず、独立独歩の世渡りはまずできるものである。
実業上、経済上の学識に富むわけでもないのが、そのことに利害関係を持たぬところに、いわゆる岡目八目という、当たらずといえども遠からずといった判断ができた。事業を守り、財産を守ろうとするものは、常に怠らず他人の意見に耳を貸すことが大切である
人間というものは得てして偏狭になりやすい
財産的成功を収めた人に四分の一奉仕をおすすめしたい
その時の金の出し方に注意がある。何もかも一時金がよろしい。それ以上出すことの予約をしてはならない
学費のごときは全額を別途に預金の設定をして、入用の都度、その通帳からいちいち支出するようにした。
金儲けは理屈ではなく実際。計画ではなく、努力である。予算でなくて、結果である。その秘伝は根本的な心構えの問題。
家族一同気を揃えて、最低生活に甘んじなければならない。
投資の第一条件は安全確実であり、「卵は一度に同じ入れ物に入れて運んではいけない」といわれるように、幾口にも分けて投資し、全体としてプラスになっていきさえすればそれでよいと覚悟してかかるべきだ。
一時的流行物に対する投資は危険
利殖の成功不成功はやっぱりその人の努力如何にかかっている
資本家を志すなどは時勢への逆行でそれをあえて貫こうとするなら、法制、事業法規や税制、労働法の変化に注意し、臨機応変の処置をとらなければならない。しかも相当の早手回しを要する
好景気、楽観時代は思い切った勤倹貯蓄(金を重しとする)、不景気、悲観時代には思い切った投資(物を重しとする)その物的投資対象とは株式、土地、山林、事業等でやっぱり財産三分投資法を説いている。
正直に腹を立てることが時と場合によって思わぬ好結果をもたらす。
いかなる職務でも自分にその力さえあれば、与えられた当然の地位は敢然と引き受けるべし。
知らぬ顔ができれば人使いも一人前。しかし人の長たらんとするものは部下の考え、個々の仕事ぶりを怠らず心を配り、なんどきも正しい評価の上に立って、とりしきらねばならない。そうすれば部下は「オヤジさんあれでも何もかも御存知だな」と日ごろの知らぬ顔が一段と威力を加える
人の気持ちはその顔の異なるごとく異なるだろうから、三度注意して聞かれないときはあえてそれ以上の追及はしない。自分は自分、人は人、それぞれの途を選ぶことにしている
失敗無きを誇るなかれ、必ず前途に危険あり。
一度も失敗したことがないというものは、またあまりにもしばしば失敗を繰り返しているものと同様、警戒の要が多分にある。
決して他人の借金証書などに判を押すべきではない。
親戚知人などの懇意な間柄ではよく、ちょっと君が一卜判請け負ってくれさえすれば僕の事業も助かり、数日内に金を返せるから、君にも決して迷惑はかけないと持ち掛けられることがあるが、うっかり請け判をしたためにわずか数百円の借用証文に保証人の反を捺したばかりに、その証書が高利貸しの手に渡って転々とし、わずか五年そこそこのうちに数万円の巨額となった。だから、金融上の保証人となり、連帯の印捺したり、裏書の反を引き受けたりすることは気つけなければならない。